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【子育てコラム】川崎・登戸通り魔事件から考える、私たち親にできること。

【子育てコラム】川崎・登戸通り魔事件から考える、私たち親にできること。

朝から衝撃を受けました。

川崎・登戸の通り魔事件のことです。

事件発生から6時間ほどが経過した午後2時現在、いまなお情報は錯綜し、関係者は対応に追われています。

事件の詳細が徐々に明らかになるにつれ、いたたまれない気持ちと恐怖心、犯人への憤りが次々に交錯していきます。

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川崎・登戸の通り魔事件を「他人事」で済ませてはいけない理由

私は元新聞記者です。

事件担当が長かったこともあり、子供が犠牲になる事件や通り魔事件の取材経験は何度もあります。

 

しかし、これまでのどの事件よりも身近に感じているのは、登戸が比較的近所で、よく知っている駅だからという理由だけではありません。

現在5歳の子供を抱える親として、他人事では済まされないと感じているからです。

 

これまでの経験上、この事件の報道経過はだいたい予測がつきます。

・事件の詳細
・発生直後の現場の声
・犯人の動機、人となり(推測、捜査関係者)
・被害者の人となり
・小学校の反応
・有識者のコメント

だいたいこんな形で報道されていくはずです。

そして事件から1週間、1ヶ月と定点観測報道がなされていき、次第に人々の記憶から薄れていく。

この流れになるのは間違いありません。

 

そして、各社の報道の結論は恐らく一つ。

「この事件を防ぐのは難しい」

ということです。

 

過去の類似事件としては、2001年の大阪・池田小の連続児童殺傷事件08年の茨城・土浦の通り魔事件同年の東京・秋葉原の通り魔事件などが思い浮かびます。

その都度、集団登下校や保護者の送迎推奨、PTAによる児童の見回り強化などがなされてきました。

今回も同様の措置を取る自治体・学校は続出するでしょう。

 

しかし、それだけでは限界があります。

 

先日の滋賀・大津の死亡事故もそうですが、私たち大人がどれだけ注意を凝らしても、通り魔や歩道に乗り上げてくる車から子どもたちを守ることは不可能です。

 

今回の事件について、犯人は何を目的にこの凶行に及んだのか、なぜこの小学生たちが犠牲にならなければならなかったのかは、現時点では分かりません。

 

しかし、どれほど検証を重ね、国を中心とした施策を講じたとしても、いつどこで襲われるか分からないならば、もはや防ぎようないのです。

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川崎・登戸の通り魔事件から考える、私たち親にできること

では、私たちには何もできないのか?

というと、そうではありません。

私は今回の事件について、子を持つ親にはやるべきことが2つあると思います。

①事件を風化させない

一つは、今回の事件を風化させないことです。

 

上で述べた通り、当分の間はこの事件の報道が過熱します。

しかし、1ヶ月もすれば、何事もなかったかのように冷めていくでしょう。

 

しかも今回のケースでは、犯人とされる男は既に死亡しています。

したがって、公判で事実を明らかにすることができません。

 

このまま時間とともに報道がなされなければ、この悲劇は記録の上でも、記憶の中でも、薄れていってしまうのです。

 

それではいけません。

 

確かに今後、類似事件が身近で発生しても、防ぐことは難しいかもしれません。

しかし、この事件から教訓にできることはたくさんあります。

 

「登下校は周りに気をつけるんだよ」と一言伝えるだけで、何かを未然に防げるかもしれない。

「いつ何があるかわからんからな」と近所のおじさんがボランティアでパトロールしてくれるきっかけになるかもしれない。

 

子供の登下校の安全性について、真剣に考える機会になったというだけでも十分です。

どうかこの事件を風化させないでください。

②改めて子供と真剣に向き合う

今回のような事件は、いつ、どこで起きてもおかしくありません。

理不尽極まりないですが、「もし自分の子供が犠牲になったら」と置き換えて考えたのは、私だけではないと思います。

 

これが大切なんです。

 

日々の生活の中では、あまり考える機会のない「子供」との向き合い方について、改めて真剣に考えること。

・きちんと愛せているだろうか?
・親として正しい道を示せているだろうか?
・今だからこそ伝えられることはないだろうか?

万が一のことが自分の身の回りで起きたとき、後悔しても時計の針は元には戻りません。

 

「物騒な事件ばかりで怖いな…」で終わらせるのではなくて。

「被害者や御遺族がいたたまれない…」で済ませてしまうのではなくて。

 

今は文字の向こうやテレビモニターの先の出来事かもしれない。

けれど、いつ自分の身に起きてもおかしくないことだと自覚する。

その上で、子供との向き合い方を真剣に考えてみてください。

川崎・登戸の通り魔事件を「怖いニュース」で終わらせてはいけない

事件の規模が大きければ大きいほど、人は我が事だとは捉えられない生き物です。

でも、現実を見つめてください。

 

ついさっきまで元気に「行ってきます」と家を飛び出していった我が子が、数時間後には見ず知らずの人間に傷つけられ、尊い命を奪われてしまう。

 

これが現実で起きているんです。

 

子供が犠牲になる悲惨な事件や事故は後を絶ちません。

そのたびに私たち親にできるのは、事件を風化させないことと、事件から「大切な何か」を汲み取ること。

 

それが、「令和」の時代に子育てをしている私たち親に課せられた使命ではないでしょうか?

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